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仙台高等裁判所 昭和46年(ネ)29号 判決 1971年12月22日

控訴人

東青信用組合

代理人

葛西千代治

外一名

亡蝦名竹次郎訴訟承継人

被控訴人

蝦名サヰ

外六名

代理人

米田房雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用および上告費用はすべて控訴人の負担とする。

事実

《前略》

第一  控訴代理人の主張

一  訴外工藤勇は、承継前の被控訴人蝦名竹次郎(以下、単に竹次郎という。)に対し、「信用保証協会から金五〇万円を借り受けるについて保証人になつてもらいたい。」といつて、真実は控訴組合から融資を受けるのであることを秘し、右趣旨で竹次郎から預り保管していた同人の印章をもつて、約束手形(甲第一号証)中の振出人欄、手形取引約定書(甲第二号証)中の連帯保証人欄下に蝦名竹次郎と記入したうえ、その名下に押捺したものであるとしても、竹次郎は民法第一一〇条に則り表見代理の責を免れることはできない。

すなわち、特定の取引行為に関連して実印を交付することは、一般に代理権の授受となると解せられているから、たとえ工藤勇の右行為が代理権限をゆ越しているものであるとしても、控訴組合においては、竹次郎から交付された実印を所持し、かつ、その印鑑証明書(甲第三号証)を持参したうえ工藤勇のなした前示行為に対して、同人が竹次郎の代理権限あるものと信ずるについて正当な理由がある。

二  仮に、右表見代理の主張が理由がないとしても、竹次郎は、勇が金五〇万円を借り受けるについて、その債務の保証人になることに承諾を与えているのであるから、少くとも金五〇万円の限度においては勇の代理行為は有効であるというべく、借入先の変更は基本代理権に影響を及ぼすものとはいえない。

三  被控訴代理人の後記一の主張事実は認める。

第二  被控訴代理人の主張

一  竹次郎は昭和四二年四月二三日死亡し、同人の権利義務一切は、その妻である被控訴人蝦名サキが三分の一、その子である被控訴人細川ゆきえ、同蝦名清信、同佐々木ユリエ、同安倍チエ、同三上泰枝子、同蝦名清光が各六分の一の割合で相続した。

二  控訴代理人の前記一、二の主張事実は争う。竹次郎は工藤勇に欺されて実印を交付したものであり、印鑑証明書を交付した事実はなく、しかも、民法第一一〇条の「権限ありと信すべき正当の理由がある」というのは、そう信ずるについて過失がないことを意味するのであるから、いやしくも金融機関たる控訴組合においては、かかる重大な保証契約を締結するに際しては竹次郎に対し、その意思の有無を確かめるべきであるのに、同人に会うこともしないし、あるいは、一片の確認の問い合せもしなかつた過失がある。

《後略》

理由

<証拠>を綜合すれば、訴外工藤勇は昭和三九年三月四日控訴組合との間に、利息又は割引料日歩金三銭二厘、遅延損害金日歩金五銭の約定で取引額の極度額の定めのない手形取引契約を結び、同日、自己を借主、工藤マサ、本堂堅蔵、本堂徳松および蝦名竹次郎の四名を連帯保証人とする控訴組合宛の同日付の手形取引約定書(甲第二号証)、工藤勇、工藤マサ、本堂堅蔵、本堂徳松および蝦名竹次郎の五名を共同振出人とし、満期昭和三九年三月一日、支払地振出地ともに青森市、支払場所控訴組合、振出日同年三月四日、受取人控訴組合とする金額一〇〇万円の約束手形一通(甲第一号証)を差し入れた上、控訴組合から金一〇〇万円を借り受けたことを認めるに足り、右認定を動かすに足る証拠はない。右の事実によれば、控訴組合は昭和三九年三月四日工藤勇に対し、弁済期同年六月一日、利息日歩金三銭二厘、遅延損害金日歩金五銭の約定で金一〇〇万円を貸し付けたことが明らかである。

控訴組合は、右金一〇〇万円の貸借につき蝦名竹次郎は連帯保証を約した旨主張するけれども、甲第一、第二号証中、竹次郎作成名義の部分は、後記の如く、いずれも工藤勇において偽造したものに係るから、右甲号証は控訴組合の右主張事実認定の資料とはなしがたく、右証拠を措いて他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。却つて、<証拠>を合せ考えると、工藤勇は、昭和三九年三月ころ、竹次郎に対し、真実は控訴組合から融資を受けるものであるのにこれを秘し、「信用保証協会から金五〇万円を借りるについて保証人になつてもらいたい。」と依頼し、これを承諾した竹次郎から、訴外細川富次郎を介し、竹次郎の実印を預り、右実印を使用して竹次郎作成名義の委任状を作成したうえ右委任状によつて平内町から竹次郎の印鑑証明書(甲第三号証)の交付を受け、同月四日、控訴組合と前記手形取引契約と右手形取引契約に基づく金一〇〇万円の貸借を結ぶに当り、右実印と印鑑証明書によつて、あたかも竹次郎を代理する権限ある如く詐り、前記手形取引約定書(甲第二号証)中の連帯保証人欄下に竹次郎の氏名を記載して、その名下に竹次郎の前記実印を押捺し、前記約束手形(甲第一号証)の竹次郎名下に右実印を押捺した上、これらを前記印鑑証明書とともに控訴組合に差し入れ、もつて竹次郎の代理人として前示手形取引契約に基づく工藤勇の債務につき竹次郎の連帯保証を約したこと、しかし竹次郎は工藤勇に対し、前記の如く信用保証協会に対する保証について代理権を与えたけれども、控訴組合との間に右のような保証契約締結の代理権限を付与したことがないこと、控訴組合は前記連帯保証契約の締結に当たつて、勇の代理権限の有無について本人である竹次郎に確かめることが困難であつたという事情もないにもかかわらず、調査のため竹次郎に面談したり、あるいは問い合せるなどの確認措置を講じなかつたこと、および控訴組合と工藤勇間の手形取引契約においては、取引元本極度額についてはもとより取引期間についての約定がなく、したがつて工藤勇が竹次郎の代理人として控訴組合との間に締結した前記連帯保証契約も保証極度額並びに保証期間について何らの制限が付されていないものであることを認めるに足り、<証拠判断省略>他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、控訴組合の表見代理の主張について以下判断する。

竹次郎がその実印を工藤勇に交付し、工藤勇が右実印によつて下付を受けた竹次郎の印鑑証明書とを所持して竹次郎の代理人として前記連帯保証契約を結んだこと、控訴組合は工藤勇が右実印と印鑑証明書とを所持しているところから工藤勇に竹次郎を代理する権限あるものと信じて右連帯保証契約を締結するに至つたものであることは、すでに認定したところによつて明らかである。しかしながら、前記認定の如く、控訴組合と工藤勇間の手形取引契約は取引元本極度額および取引期間について何ら制限的約定が付されていないものであり、また右連帯保証契約も保証極度額及び保証期間について何らの制限が付されていないものである。そのような継続的取引契約に基づいて生ずべき債務について右の如き保証限度額および保証期間の定めのない保証契約が締結された場合には、保証人の責任の範囲は相当の巨額になり保証人にとつてきわめて酷となることは、容易に予想し得るところであるから、金融機関がかかる態様の保証契約を締結するにあたつては、かりに保証人の代理人と称する者が本人の実印と印鑑証明書とを所持していたとしても、他にその代理人の権限を信頼するに足りる特段の事情のない限り、保証人本人に対し、保証の意思の有無ないし限度等について一応照会するなどしてその意思を確かめる措置を採るべき義務があるものと解するのが、金融取引の通念上、相当である。ところが、前記認定した如く、控訴組合は、他に勇に代理権限ありと信頼するに足るべき特段の事情も認められないのにもかかわらず、竹次郎に対し保証の限度等につき調査、照会の措置をとることなく、勇が竹次郎の実印と印鑑証明書とを所持していたことの一事によつて、たやすく勇に右の如き内容の保証契約を締結する代理権があるものと信じて前記連帯保証契約を結んだのであるから、控訴組合に過失ありというべく、勇に代理権があるものと信ずるについて正当の理由がないものと認めるのが相当である。

控訴人は、「竹次郎は、勇が金五〇万円を借り受けるについて、その保証人になることに承諾を与えているのであるから、少くとも金五〇万円の限度においては勇の代理行為は有効であるというべく、借入先の変更は基本代理権に影響を及ぼすものではない。」と主張する。前記認定した如く、竹次郎は信用保証協会に対して連帯保証することを承諾して勇にその代理権を与えたのであつて、控訴組合との間に連帯保証契約を締結する代理権限を授与したのではないから、勇の行為は代理権限をゆ越してなしたものと解することができる。しかしながら、竹次郎は右の如く連帯保証の相手方を信用保証協会に限定して同協会に対する連帯保証についての代理権を勇に授与したものであつて、連帯保証の相手方を特定しないで代理権を与えたものではない本件においては、控訴組合において前示の如く竹次郎に対する調査、照会の措置を採らなかつた以上、控訴組合に過失あつたものというべく、したがつて金五〇万円の限度においても控訴組合が勇にその代理権ありと信じたことにつき正当の理由があつたとは認めがたく、民法第一一〇条の表見代理の成立の余地はないものといわなければならない。

そうすると、蝦名竹次郎は工藤勇が昭和三九年三月四日控訴組合から借り受けた金一〇〇万円の債務につき連帯保証債務を負うものではないから、蝦名竹次郎に右の如き連帯保証債務のあつたことを前提とする控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、いずれも失当として棄却すべきである。

よつて、右と同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項により、これを棄却することとし、当審での訴訟費用および上告費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(兼築義春 井田友吉 桜井敏雄)

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